地球上のすべての宗教やスピリチュアルで語られている愛とは何でしょうか。
思いやりが愛である。
人助けが愛である。
奉仕が愛である。
利他が愛である。
といろいろな定義で愛は語られています。
では、なぜそのスピリチュアルや宗教を学んでいる人が人を批判、攻撃したり、はてして宗教戦争まで始めるのでしょうか?
どうして平和になる為の宗教が攻撃を生むのでしょうか?
宇宙の知識を人間の意識が歪曲化させたものが宗教です
人間が、単にこれが愛でこれが愛でないと決めたことが宗教です。
上記のように愛に条件をつけて固定化して定義化すると、二極に分かれてしまいます。
私が正しいのならば、それ以外は間違っているという裁きができてしまうのがこの対極に分ける条件付けです。
条件付けや固定化があるものは神が言ったとしても、すべて人間の意識で歪曲化されていて非常に危険です。いらぬ悪を生み出し、憎悪を生み出し、争いを作ります。
この地球上にこれが愛であるものやこれが愛で無いものはありません。
すべてが愛です。
愛で無いものなどありません。
条件をつけて歪曲化した愛の定義が、悪を作り出し、それを攻撃していくという縮図が人間界なのです。ここに気がつくこと。善悪を等価させることです。
思いやりが愛であるし思いやらないのも愛である
人助けが愛であり、助けないのも愛である。
奉仕が愛であり、奉仕しないのも愛である。
利他が愛であるし、利己も愛である。
このように、極に偏った価値観を等価させて、ニュートラルにしていくのです。
もともとの宇宙の意識とは、このようなものをが出発点となっています。
しかし、人間の分離意識が都合よく歪曲して、これが愛であるとしたときから、条件付の愛と悪が生まれたのです。