雑記
責め、裁きを手放すには
人を責め裁くために必要なことがあります。 それは、こうあらねばならないというきまりがなければなりません。きまり、つまりルールがあるから評価できるのです。逆にルールがなければ評価ができません。例えばサッカーでは手を使ってはいけないというルールがあるから、勝負できるのです。 サッカーとラグビーが試合できないのは共通ルールでは無いからです。自分たちのルールが通用しなくなってしまうからです。 ということは […]
自分の咎めに気がつくには
人間とは何か? 「それは、神が神ではない者になってはじめてできる体験、経験を吸収するために作られたもの」です。
攻撃とは条件付きの愛のこと
地球上のすべての宗教やスピリチュアルで語られている愛とは何でしょうか。 思いやりが愛である。 人助けが愛である。 奉仕が愛である。 利他が愛である。 といろいろな定義で愛は語られています。 では、なぜそのスピリチュアルや宗教を学んでいる人が人を批判、攻撃したり、はてして宗教戦争まで始めるのでしょうか? どうして平和になる為の宗教が攻撃を生むのでしょうか? 宇宙の知識を人間の意識が歪曲化させたものが […]
この世は幻の意味
この世は幻である と釈迦が2500年前に言いました。 これは、一体どういうことなのかを説明したいと思います。 ここに、ピンク色のボールペンがあるとします。 人が見れば必ずそこにピンク色のボールペンが在ると認識します。 でも、本当にそこにピンク色のボールペンが在ると証明できるでしょうか? 実は、これは本当に実在しているとは証明できないのです。科学的に見ても存在証明できないのです。 理由はとても簡単で […]
分離から統合とは
二律背反の世界 本来、2極の現象は2つで1つであり、別々な事ではありません。 あなたは私であり私とあなたではありません。 男と女はそれぞれではなく、2つで1つです。 どちらか一方では成り立たない、二律背反の世界であり、諸法無我のことです。 でも、そうは思えない世界がこの世ですね。私があり、あなたがある。 そのあなたが、私を色々と苦しめる。 何かを正しいと認めた瞬間、他を咎めることになる。 他を否定 […]
内なる悪を受け入れる
好きな人の1番であり続けたい。 人に好かれたいという気持ちは、人類が共通して持つ感情かと思います。 ときとして、すかれる人であり続けたいと祈る気持ちは美しくも感じられます。 しかし、この価値観があると、同時にそうでないこと、つまり嫌われるのが恐怖になっていきます。 嫌われるのがいけない、嫌われる自分がいけないというもう片方の極を必ず見ることになるのです。 これを内側の悪を発見して、そ […]
批判を手放して、ニュートラルな視点を持つには
白黒とか善悪とか優劣とかの二極で物事を捉えていると、常に責め裁きで物事を観る人になります。 自分の基準に合った人は許せるが、それ以外の人は許せない。 自分の基準に合った自分は許せるが、それに外れる自分は許せない。 自己否定、他人否定が常に付いて廻るのが、この自分の基準で物事を捉える二極思考です。 これからの人々は、この二極思考を手放して、白でも黒でもない、どちらでも赦すという、一方の極に偏らない、 […]
幸せに必要な条件などありません
幸せになる為には何が必要でしょう。 家族? 恋人? お金? 信念? 夢? 答えは何も必要ありません。 幸せは、何か外的の要因によってもたらされるものでは無い たとえば「家族がいないから不幸せ」とは真実でしょうか? 家族がいると幸せと言うのは真実でしょうか。 家族がいるから不幸なことってあります。家庭内暴力の息子がいるとか、浮気をしている奥さんがいるとか、家出を繰り返す娘がいるとか。 冷え切った家族 […]